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彼女の福音

弐拾漆 ― こちらだんご製作所 ―


「えーっと……何やってんの」

 我ながらアホな声が出たと思う。いやっほう、今日もすのピーはアホアホボイスで君のハートをゲッチュ、しようもんなら最凶兵器彼女様にフルボッコされるので遠慮させていただきます、はい。

「って、滅茶苦茶卑屈だしゲッチュなんて死語だしそもそもアホアホボイスじゃないよっ!」

「……朋也、今のはわかったか?」

「さあ。電波でも拾ったんじゃないか」

「人をラジオみたいに言わないでくれよ。僕はただ心の声にツッコミを入れただけだって」

 すると一斉に憐憫の目を向ける三人。

「うわぁ……」

「春原、お前……」

「陽平、相談ならあたし聞いてあげるから、ね?」

 あ、あれ?何だか逆効果だぞ?普通ならそこで「そっかぁ、そうだったのかぁ」「春原もしゃれたことをするんだな」「陽平、あんたがそんなにチャーミングなユーモアのセンスの持ち主だったなんて、知らなかったわよ?」とか言ってくれるよね?

「そ、それはともかく、何やってんのさみんなで」

 僕は杏の部屋に集まった岡崎と智代ちゃんとこの部屋の主に向かって聞いた。

「ん?見てわからない?」

「いや、どう考えても布を繋ぎ合わせてだんご大家族を作ってるようにしか見えないんですけど」

 智代ちゃんと岡崎と杏はめいめい縫い針と糸を手に、黄色やら緑やら青やらの布を縫い合わせていた。部屋の片隅には発泡スチロール製の小さな玉とスコップの入った箱がある。クッションの詰め物に使う、あれだ。

「そりゃあそうよね。実際にそうなんだから」

 あ、やっぱそうでしたか。

「…・・・もしかして、僕に会いたいって、これのこと?」

「ええそうよ」

 そうもきっぱりと言われると、言い返す気力さえ萎えていく気がした。

「昨日ね、汐ちゃんを古河パンに送りに行ったら……」

 杏がえへへ、と笑って話した。

 

 

 

 

 

 

「そういえばもうそろそろクリスマスよね」

 手を繋いで歩きながら杏は何となく言ってみた。

「うん。でも、もっとだいじなひなの」

「もっと大事……あー」

 杏はすぐに思い当たった。

『ママのおたんじょうび』

 えへへ、と汐が得意げに笑うのを見て、杏のその日の疲れは一気に吹っ飛んでしまった。

「ママのお誕生日プレゼント、何にしよっか」

「おだんご」

 案の定な答え。

「そうねぇ……そういえばママ、だんご大家族のクッションが好きだったわよね」

「うん!」

 渚がだんご大家族クッションに囲まれる様を思い浮かべる杏。「あわわ、だんご達がいっぱいですっ!だんご大家族がフィーバーしてますっ!」と興奮するかもしれない。「日本人なら誰でも知っている、国民的人気キャラクターのだんご大家族ですっ!百人家族なんで、とても楽しそうでうらやましいですっ!遊園地に家族で遊びに行ったら、大変なことになると思いますっ!でも……」と薀蓄を垂れ流し始めるかもしれない。あまりのことに「パンを煮ているんです。今晩からだんご達が、恋を始めるんですっ!」とわけのわからないことを口走るかもしれない。

「あー、何この和み母子?!」

「?」

 きょとんとする汐を見て、杏は慌てて「何でもないわよ、何でもない」と手を振ってみせる。

 そうこうするうちに、古河パンまで来る。

「あ、杏ちゃんです」

「こんにちはー、元気?あ、ねぇねぇ渚……」

 とまぁ、今までの経緯を話してみる。すると

「ごめんなさい、杏ちゃん。あのだんごクッションは、もう結構前に生産停止で、手に入らないんだそうです」

「え……そうだったの」

「お父さんも知り合いのおもちゃ屋さんに聞いてみたんですけど……」

 はぁ、と肩を落とす渚。すると、二人の横から泣き出しそうな声がした

「だんごさん、もういないの?」

 見ると古河汐嬢が目にいっぱい涙をためて、泣くのを堪えながらこっちを見ていた。

「え……あー」

「だんごさんのうた、もううたえないの?」

「し、しおちゃん、大丈夫ですっ!だんごさんはもう三人もいますっ!家族ですっ!」

「……ちょっとおといれ」

 祖父の言いつけ通りトイレに篭って泣く事にする汐を、二人で引き止める。

「そ、そうよ汐ちゃん!先生が何とかしてあげるっ!」

「……ほんとー?」

「え、ええホントよ!先生にまっかせっなさい!先生にできない事といえば、悪を見逃すことと泣いている子をそのままにしておくことぐらいなんだから」

「……おそらもとべる?」

「え、ええ。でも今日はちょっと暗いから、また今度ね」

「がんだむのぱいろっとになれる?」

「ま、まぁ楽勝じゃないかしら。あ、あはは〜」

「こまだのものまねできる?」

「ちょっと見れば、すぐできるわよ」

 すると、汐はうん、と頷いて笑った。

「たのしみ〜」

 


 この後、杏は約束したことを実践して見せろと幼稚園の子供達の前で迫られ難儀するわけだが、それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

「で、考えたわけよ。お菓子がないなら作ればいいじゃないの、って」

「何そのベルバラなお妃様……」

 そう言いつつ、僕の手には縫い針とオレンジの布が。はぁ、僕何やってんだろ。

「で、今夜中に一人一個作って、明日みんなで渡しましょって話。楽勝でしょ」

「今夜中にって、徹夜作業?!」

「早く仕上がれば寝れるわよ」

「あのね、僕は明日はクリスさんの誕生日だから休暇なの。貴重な休みなの。何でそんな夜をお裁縫に使わなきゃいけないわけ?」

「クリスって誰よクリスって……それとも何、あんた、汐ちゃんをがっかりさせて平気なの?」

 う、と僕は言葉に詰まる。

「汐ちゃん悲しむわよねぇ、みんながおだんご持ってきて渚の誕生日祝うのに、春原のおじさん、なぁんにも持ってきてないんですもの」

「い、いや、そういうわけじゃ……」

「トラウマになっちゃうかもねぇ。だんごさん、嫌い、って言うかもねぇ」

「別に何も汐ちゃんの口癖を真似しなくても……」

「そうしたら古河家で喧嘩になっちゃうわよね。だんごが好きな渚と、急に嫌いになった汐ちゃん。陽平のせいでねぇ……」

 やばい、これはやばい。圧倒的に不利な状況を、僕は打開すべく岡崎に目をやった。

「ね、ねぇ岡崎、岡崎なら僕の味方を……」

 しかし僕が目の当たりにしたのは、限りなく桃色な空間だった。後ろでバラが咲いていて、どこからともなく「しゃらしゃららう〜わ〜」という歌声とパイプオルガンの音色が聞こえてきそうな感じだった。

「うん、どうだろう、これは」

「ああ、すげぇかわいいな。さすが智代、何でもできるんだな」

「ふふ、そういう朋也だってさっきから頑張ってるじゃないか」

「ま、まぁな。ふっ、智代の頼みなら、俺は何だってやって見せるぜっ」

「なぁ朋也、大変じゃないか?お前は明日も午前中は仕事があるんだろう?」

「ははは、何言ってるんだ。俺は智代と一緒にいる時間さえあればご飯三杯はいける」

「朋也……」

「智代……」

 もう何だかこれから抜け出るのはムリポ。

 

 

 

 

 

 

 しかしいざ縫い始めてみると、これが結構ハマルというか熱中するというか。さすがに針の穴に糸が通らないとイライラするけど、一度通ったらこっちのもん、るーぷるーぷるーぷ、いーとーまきまきいーとーまきまき

 ぷす

「いってぇっ!血だぁっ!血だぁっ!」

「ちょっと陽平!ここで暴れたりしたら」

 ぶすぶすぶす

 慌てて飛び上がった拍子に針の入った箱を倒し、そしてその箱から出た針を踏んづけてしまう。それが春原クオリティ。

「何て言ってる場合じゃないくて……いぎゃぁああああああああああああっっ!」

「さすが春原、体の張ったギャグだぜ……と言いたい所だけどな、お前作業の邪魔」

「あんたひどいっすよねっ!もうちょっと親友に優しくしても罰は当たらないよっ!!」

「いやぁ、俺、杏にはそれなりに樹を使ってるつもりだけど」

「僕のことだよっ!僕のことっ!」

「はいはい。春原、じっとしてろよ」

 智代ちゃんが僕の両足を固定する。

「いっくわね〜、陽平」

 杏が掛け声をあげ、そして

 ぶっすり

 足に刺さった針を一斉に抜いた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」

「さあて、この足どうしましょうか」

「出血を止めるべきだろう。足を縛って」

「指も出血してるから手首も縛って」

「舌を噛まないように猿ぐつわ噛まして」

『川にぽいっ!』

 岡崎と杏が空恐ろしい案を口にする。すると智代ちゃんが腰に手を当てて眉をひそめた。

「いくらなんでもそれはないだろう、朋也、杏?それはあんまりだ」

 ああ、何でだろう。智代ちゃん、何で君は僕の彼女よりも僕に優しくしてくれるんだい?

「不要物の投棄は川を汚すからな。自然や環境への影響を考慮すると……む?春原、どうして泣いているんだ?」

 誰も僕に優しくないんだね。あーそうですかいわかったよこんちくしょうっ!

「話は全て聞かせてもらった、なの!」

 扉がバンッと開いて、懐かしい顔が。

「あらことみ、帰ってきてたの?」

「春原君は、シベリアで木の数を数えてこい、なの」

「何で感動の再会シーンで僕労働キャンプに行かないといけないのさっ!」

「間違えたの……」

『何でやねん』

 そこにいた全員で、ことみちゃんに突っ込んだ。

「針が刺さったら、消毒してから止血しないと、化膿する恐れがあるの。だから、絆創膏を貼る前に消毒しなきゃいけないの」

「消毒か……よしわかった」

 不意に台所に向かう岡崎。あ、救急箱を持ってきてくれるのかな、と思って待っていたら、持って来たのはマッチ箱だった。

「熱で消毒するぞ。春原、その足、燃やそう」

「何でそうなるんだよっ!」

「汚物は消毒だ〜」

「世紀末じゃないってばっ!」

「その後で足を縛って止血し」

「手を縛って指を止血し」

「舌を噛まないように猿ぐつわを噛まして」

『海にぽいっ』

「さっきよりも酷くなってませんかねぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 さて、そうこうするうちに、五つのだんご(ことみちゃんも参加した)が縫い終わって、後は詰め物を入れるだけとなったのだが

「あれ?これ、誰の?」

 どう見てもだんごじゃない「それ」を拾い上げる。普通だんごといえば丸くてすこし潰れているものを思い浮かべるだろうが、それは何と言うか過度が五つあって、だんごというより

「ヒトデですっ!」

「わっ!びっくりしたぁ!」

 振り返るとサンタ帽を被ったちっこい美術教師が立っていた。

「ちっこいとは失礼ですっ!風子、春原さんよりもおっきいです」

「こんな身長差があるのに、よく言えるよね、そんなこと」

「風子は中の人間としての大きさの話をしてるんですっ!春原さん、器がちっちゃいですっ!」

「風子ちゃんほどじゃないけどね。風子ちゃんがお茶碗だったら、僕は丼かな」

「違いますっ!岡崎さんほどに最悪ですっ!春原さんはお猪口、岡崎さんは醤油皿、風子はお鍋ですっ!」

「何だかとってもスケールの小さい話に俺を巻き込むな」

 岡崎が冷静に突っ込んだところで、僕らは互いににらみ合って「ぷん」と同時にそっぽを向いた。

「で、このけったいな物体は何なんだ、風子」

 岡崎が「それ」を摘み上げる。

「ヒトデです」

「即答かよ……だいたい、みんなでだんご作ってるのに、何でヒトデ?」

「ヒトデは最高に可愛いです。でも、渚さんはだんごが好きだから、風子は大人ですので敢えてヒトデとだんごのコラボレーションを試みました。可愛いもの二つの合体で、皆さんメロメロです。どうですか」

 コラボレーション、といわれて僕は頷いた。だから角が丸くて、ヒトデ形のそれにだんごの目が縫い合わされていたのか……

 しかし、そうなるとこれはヒトデとだんごの合体には見えなくなる。使用していた布が黄色だったこともあり、それはまるで

「つーか、これは無敵スターじゃないか?」

 岡崎が僕の思っていたことをそのまま口にする。

 説明しようっ!無敵スターとは新天堂の作った世界的に有名な「スーパーマルコシリーズ」に出てくるアイテムで、ゲットするとアップテンポな音楽と共に一定時間は無敵になる、結構使い勝手のいいアイテムのことだ。

「違いますっ!スーパー和みヒトデだんごですっ!岡崎さん最悪ですっ!」

「いやぁ……」

「何ですかその『ふぅ、困ったチャンめ』みたいなため息はっ!これを使えば汐ちゃんもヒトデのよさがわかってくれますっ!そして風子の妹になってくれます」

「ならないんじゃないか、ふつー」

 岡崎さん最悪ですっ、と風子ちゃんは不機嫌に言った。

 

 

 

 

 

 

「けどまぁ、何だかんだ言ってさ、上手くいったよね」

 渚ちゃんの誕生日パーティー兼クリスマス会の帰り、僕は杏を家に送りながら言った。

「えへへ、よかったでしょ、だんご作って」

「まぁね。でもさ、今日一番はしゃいでたのって、渚ちゃんよりも寧ろ汐ちゃんじゃない?」

 汐ちゃんはいきなり出現しただんごの群を見て、もうおかしくなっちゃったんじゃないかと思うほどはっちゃけて、だんごを一つ頭に乗っけてだんご星人としての正体を現したのだった。そんな汐ちゃんを見て、「ああ、この子は元気に育つなぁ」と納得してしまった。

「そうかもしれないんだけどね。渚もあれはあれで喜んでたわよ」

 確かにそうだった。だからハッピーバースデーの歌も、自然と「だんご大家族」の合唱になっちゃった。まぁ、僕ららしいといえば僕ららしい。

「お、ついたついた」

 ふと気づけば杏のアパートの前。さてと、ここで杏と別れて、急いで駅に行って、最終に乗って、家に着くのは……うわ、結構遅くなりそうだ。

「……ねぇ陽平」

 不意に杏が心細げに言う。

「どしたの?」

「……あのさ」

 顔を赤くしてそっぽを向いたり、こっちをちらちら見たりと、それはそれは可愛い杏様だけど、こういう場合は何かとんでもないことを言い出すということを、僕はよく知ってる。

「ええと、あ、ごめん、最終に乗り遅れそうだから、もう行かなきゃ」

 そう言って回れ右をする僕の袖がくい、と摘まれた。

「えっと……杏?」

「いいから。ねぇ陽平……その」

 

 

 今夜泊まっていかない?

 

 

 ちょっと、ちょっとちょっとちょっと!

 え?今夜泊まっていくって、おいおい杏、今夜ってクリスマスイブだぜ?聖夜だぜ?そんな夜に男女が屋根を共にしたら、○夜になっちゃうよ?

 脳がオーバーロードしていく音を聞きながら、僕はヘルプボタンを押す。ぼわん、という効果音と共に、二人の妖精みたいなアドバイザーが僕の頭の両脇に現れる。ただし、普通なら天使と悪魔の姿なんだろうが、なぜかこの場合、岡崎と智代ちゃんの姿だった。

「おいおい、よしといたほうがいいんじゃないかぁ?とんでもないことになりそうだぞ?」と岡崎。

「いってやるべきだと思う。うん、それが彼氏の役目じゃないか?」と智代ちゃん。

「はっ、春原が役目だの義務だの、守るような奴か?このままさっさと家に帰ったほうが、面倒がなくていいんじゃねえか?」

「仕事だったら、杏の家からでも行けるだろ?聖なる夜を共に清く正しく過ごす恋人達。うん、愛だなっ!」

「な〜にが清くだ。なぁ〜にが正しくだ。この後の展開なんざ、火を見るより明らかだろ。ホワイトクリスマスに別の意味ができちゃうんだよな」

「う……だがしかし、そうやって愛を紡ぎながら一歩ずつ夫婦への道を進んでいくのが、恋人なんじゃないか?だとしたらこういうハプニングは必然だろ?現に私とお前がそうだったじゃないか」

「それは今話すようなことじゃないだろ。だいたい、ハプニングがどでかいものになったらどうするんだ?救世主の再来のつもりか?とんだダミアンになりそうだぜ」

「……朋也はそんなに子供が嫌いなのか?」

「え?」

「そうか……私はいつか朋也の子供達の母親になれたらな、と思っていたんだが、それはつまらない幻想だったんだな。ふふ、まぁ私のような女の子供なぞ、朋也が欲しがるはずもないな。うん、所詮私は暴力女、そんな女が母親に憧れるなんて、片腹痛いな。そもそもそんな不良の元締めみたいな者だった私が、朋也みたいないい人と一緒にいるのは不自然じゃないか?不自然だな。そうだな、私はいっそのこと……」

「ちょっと待て智代、それは違うっ!俺は断じてそんな風には思っていないぞっ!」

「……朋也」

「おーし、今夜こそ聞いてくれ、この今まで言葉にできなかった愛の言葉をっ」

 僕の妄想内でもトモトモーズはバカップルっすねっ!!

「陽平?」

「あ、いや、何でもない」

「ねぇ陽平……もしかしたら、迷惑?」

 上目遣いでしゅん、というふうに言ってくれやがりましたよおい!こんなの反則だよっ!抗えないよっ!あ、で、でも引き止め役の岡崎なら、何か言ってくれるかも?!

「智代……」

「朋也……」

 ぜんっぜん使い物にならねぇっ!僕の妄想の産物だとしても、もう少しまともなことできないんすかねぇっ!

「え、ええっと、迷惑じゃないよ。つーか、うん、いいの?」

「……というか、いてくれるとうれしいかな。クリスマスなんだし」

「あ、そうだね、うん」

 何だか僕ってこの頃ぜんぜんこの人に刃向ったりすることできないなぁ、とぼうっとなった頭の片隅で思いつつも、杏の玄関に足を踏み入れて、ドアの閉まる音をどこかで聞いた、気がする。

 

 

 

 

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